上高今昔25「人は石垣」

2022年8月16日 13時55分
上高今昔

 本校周辺には、学校の歴史を感じさせる石垣が多く残されています。

 まず、1枚目の写真は、星天寮の向かいにある、久万小学校の東境の石垣です。本校開校の昭和16(1941)年以前からあったと考えられます。2枚目の写真が、石垣の様子です。丸みのある自然に近い石を大小組み合わせています。「野面積み(のづらづみ)」と呼ばれる積み方に近いものです。この石垣が、本校周辺で最も古いものと考えられます。

 3枚目の写真は、図書館南側を流れる用水路です。かつての旧本館や旧正門があったあたりです。4枚目の写真は、水路の石垣の様子です。表面を荒く加工した石の隅を立てて積んでおり、「谷積み(たにづみ)」や「落積み(おとしづみ)」と呼ばれる積み方です。石材相互に力が働き、安定性があると言われています。開校当初からの石垣であり、この水路に続いてグラウンドの外周をぐるりと取り囲んでいます。

 5枚目の写真は、現在の正門の用水路です。6枚目の写真は、石垣の様子です。表面を丁寧に加工した長方形の石を並行に積んでおり、「布積み(ぬのづみ)」と呼ばれる積み方です。見栄えはよいですが、強度的には、「谷積み」に劣るようです。6,7枚目の写真は、昭和49(1974)年頃の写真であり、現本館と併せて現正門を整備した工事の様子です。この石垣が最も新しいものになります。

 戦国武将である武田信玄の言葉「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。」にあるように、私たちも石垣のようなチームワークを作っていきたいものです。 ※本校の詳しい沿革史は、こちら →沿革史