上高今昔77 K・Sタイムス発見
2026年3月1日 15時44分上高初期の学校新聞「K・Sタイムス」(昭和23年)を発見しました。記念史によってその存在は認知していましたが、もはや現存していないと思っていただけに、すごく興奮しています。
『二十年史』には次のように記されています。
昭和22年12月の校友会総会の満場一致の承認を得て、翌昭和23年1月校友会新聞K・Sタイムス創刊の運びとなった。こうして文芸班が推進力となり全生徒の賛成で発足した学校新聞であるから、創刊にあたって魚田先生は次のように述べてその意義を高く評価したのであった。「この高原の静かな学園に、ささやかながらも生徒自ら言論と報道の機関を持つようになったことは、まことに意味深いものがある。本校は県下中等学校の中、太平洋戦争以前の経験を殆んど持っていない学校であって、いはば着がえの着物を一枚も持っていない赤ん坊の学校ともいえる。それが今ようやく生徒自らの若々しい力が盛り上がってきて、この新聞が発行せられるまでになってきたのである。(下略)」K・Sタイムスは昭和24年9月の12号まで、特別号を入れて13回発行、創刊号を除き生徒の手で刊行した。(『二十年史』)
この「(下略)」の省略された部分を、発見した「K・Sタイムス」で読んでみると、「魚田先生」(おそらく担当の先生)はこの「K・Sタイムス」が学校にとってよい結果をもたらす「使命」として、5点あげておられます。
第一、本校生徒が知っていてよい或いは必ず知らなければならない学校内外のニュースや、各種の報告をなるべく早く正しく報告すること。
第二、全校生徒の意見や感情や又は思想をこの紙面にうつし、それをよい方面に導くこと。
第三、全校生徒の学術研究を助け教養を高めること。
第四、新鮮にしてゆたかな趣味娯楽の泉となること。
第五、校友会各班の密接な連絡をはかり、校友会全体の運営を助けること。
これらを見ると、基本的に新聞なので新鮮な学校のニュースを載せること、また生徒の意見や創作も載せ、教養を高め、しかも楽しませる要素も必要という、非常によくばりな「使命」を期待されていたということが分かります。
以下読み進めて見出しを拾ってみると、「先生方の陣容整ふ」「都会地学生の悪に染まるな」と論説が続き、2枚目は「文芸」と銘打って、生徒が創作した詩や短歌、俳句などが掲載されています。おそらく、この2枚目が、文芸雑誌「山なみ」に発展したのだと思います。「第1回弁論大会」「駅伝競走(今治-松山間)」の予告なども見られます。
この第1号が発行された昭和23年1月と言えば、今から78年前、現在90代半ばの方が青春を燃やしていた頃で、普通科が設立され、上浮穴林学校が上浮穴高等学校になる直前です。
この度発見したのは、1号から5号までで、B4のスクラップ帳に原盤のコピーが几帳面に保管されていました。原盤はガリ版刷りのザラ紙だと思われます。
今回は、その記念すべき第1号の内容を紹介しました。