上高今昔72 古い『山麓』を読む(担当:令和7年度3年2組 長谷朱里)
2026年1月27日 07時39分私は上浮穴高校の生徒会誌である『山麓』について紹介します。『山麓』とは、以前の今昔でも紹介されていますが、クラス紹介や、卒業する三年生の言葉、その年度の学校行事や各組織の活動を掲載したものです。現在手にすることができる古い『山麓』として、昭和50年に発行された第5号から、6号、7号、8号、10号、13号、14号、17号、20号あたりがあり、これらを分析対象にしました。
まず、一番に驚いたのは三年生が残す一言です。
「・・・」と敢えて何も語ってなかったり、「YUKIHARU. MY LOVE!!」と愛の告白をしたり、「失恋記念日」と言葉を頭文字で繋いだりなど、遊び心満載の一言集が目を引きます。一言の部分だけではなく、名前の間にもメッセージが書かれていて、一つ一つに拘って書かれたのがよく分かります。
次に驚いたのは校歌のバックに写っている校舎の写真です。どの山麓にも現在の本館の写真が掲載されていますが、第5号・第6号に写っている本館は、なんと、現在の職員室の真ん中辺りから東側がありません。
東西に長い現在の本館が建てられた際、1期・2期・3期と工事が行われ、西側(会議室・保健室側)から順に建てられていきましたが、5号・6号に写っている校舎は2期の工事を終えた段階の、東側(現在の科学室側)のない写真です。極めてレアな写真です。
1期・2期・3期と順次工事が行われていった事実を知っている人は少ないと思いますが、今でも、校舎の継ぎ目を確認することができます。本館3階・4階あたりを注意深く見ると、壁に線が入っているところが確認できます。これが3期にわたって工事が行われた痕跡です。
最後に私が最も記憶に残ったとある生徒の感想文を紹介します。第7号に掲載されていたもので、修学旅行の感想文です。
修学旅行「宿」 角のある馬
修学旅行は、なんといっても楽しかった。最も楽しかったのは、宿である。友人とおそくまで騒ぎ、普段はできない話をし、そして眠り、食べ、あばれた。それが修学旅行中の宿だ。
一、箱根小涌園
イオウくさいぞ。いいえ、私の、へ、のにおいです。小涌温泉場着。温泉デパート、箱根小涌園。七時すこーし前。五分ほど。もー、はいってやがる。まだバスにのってるというのに。
はいる。
班長はドビンいや、ロビーに集まれってよ。一階、傾斜に建ててあるのんで七階なんだって。男は、ポリネシア風呂。女は、なんか忘れた。ポリネシア風呂ってのは三百人もはいれるんだとさ。メシ。トリニク、ブタジル、サラダ、それから、かまぼこみたいなものにひき肉をつめたやつ、そんで、マカロニ、そんでブドウとヤクルト、コロッケ、パセリ、他なんだか忘れた。メシ。ブタジルはナベでわいていた。グツ。メシ二はい。OK OK
はやく風呂にいこ、いこ、いこ、とくり返す。迷いながら風呂へ、ひい、ふう、みい、よう、いつ、五つも風呂がある。滝があって、はいろうかと思うと、な、なんと水だった。あっちゃこっちゃうろうろして出る。ドヒャーッ。つかれた。荷を整理する。みんなクシでもって整髪、リキは、ビンデーシもってた。ジイサンは、ヘアドライヤー。他ほとんどのものがクシを持っている。俺は、なにもないし、必要ない。イガグリだもん。なんか、ねたましい気もする。部屋中、かおりがただよっている。クシをかりる。足の毛をときたいな。なんかないか書くこと、
「しみるなー、今夜も虫歯に。」
洋画。
寝た。なかなか寝ないで、布団とったり、まくらなげたり。それでも、俺は十一時すぎには寝入ったようだ。一時すぎと、もう一度いつごろか目が覚めた。今六時十分ほど、みんなおきている。日の出を見た。聞くところによると、ゆんべ、俺、ものすごい寝言言ったそうである。「あれよ!あれよ!わしゃいかんねや。」
後は歯ぎしりをしたそうである。ユーローは、ギリギリスだ、と言っている。○○と××が来る。ヘアドライヤーを持って行く。六時二十分、こむからと、みんな洗面に出発。十分前に、ニシがいない。便所で流されたんじゃないかという。「ニシー。」便所で呼ぶ。やっぱりいた。「バス、出るぞー。」バスに乗る。席なんか、もー、どうでもいいじゃん。まだ、五分ほどある。出発、そうこうしてる間に。
(中略)
四、寝台車
もう、やけをおこしている。アタフタとホームへ。先生は座席が変わったのを知らないのかもめた。俺、四号車十四上。ホームを歩いて行くうちに、列車が飛びこんでくる。ぱーっと、乗りこむ。えーと、十四、十四、おーここだ。はしごをのぼって上へ。一畳もないが、とてもステキだと思った。向かい合って四つのベッドがある。通路の方に、二つベルトがはいっていて、おちないようにできている。その昔、ニシは、三段の頂上から下へ落ちて、気づかず下で寝ていた。そうである。ゴソゴーソとシーツをしき、床の準備をする。今夜は、たくさん書けそうだと、向かいの席のニシに言う。どーこー、そーこーしているうちに走りだす。カーテンをひいて、電灯の下で、枕を背中にしいてもたれ、書く。いろいろ書くうち、横浜。七時五〇分ほど。十四の下、つまり俺の下に、黄色いワンピースのおばちゃんがはいってくる。若い人だったらおもしろいのに。なにがさ?オジイとトミがのぞきに来た。窓を見る。ホーム。したがって、人を見ることしかできなかった。ゴットン、ゴットン走りだす。エーローによばれて、ホームルームをいかにするかと話しあう。どんどん駅を抜ける。他、ごじゃりつく。手をあげるのはやめようー。みんなでギャーギャー言う。ギッチョンチョン。ブッチャケ語を、使おうと言う。ゴットン、ゴットン、走る。万年筆のインクが切れて、ブルートのペンをかりる。ホームルーム雑議。手はじめに、修学旅行について、どうか。ヌターン。走り抜けるので駅の名前もわからない。走る。添乗員のオッサン、いや、おにいちゃんたち、十四のとこで話しこんでいる。添乗員の苦労話。ゴットン、ゴットン、列車は走る。十二時間もかけて急行だってよ、変だ。停車、添乗員さん消える。ナンチューたか駅名不明。わかりません。ニシの下にもオッサンが乗ってくる。列車、動きだす。寝台車、使うなんて土台、オッサンかオバンだな。さっき、無賃乗車のオッサンが引っぱり出されていた。車掌が、「乗車券を見せてください。」としきりに聞いていたと思うと、「くつ持って!」なんてホームへ。酔ってたと、リキはえ言っていた。寝台車中は、喫煙と書いてあるが、添乗員さん、タバコをすって話していた。ホント。ブッチャケた話。トンネルにはいった。音でわかる。インクがないと思っていたのに、またつきだしたので、万年筆を使う。下をのぞく。ありゃん、とまるかのごとしー、とまるかなとまるかな。駅内通過で、スピードをおとしただけだった。
抜けたとたんスピードをあげる。はて、ここいら、どこいら、十時十分ほど。ゴットン、ゴットン、走り回る。十三の下(ニシの下)おっさん、ゴソゴソ着替えている模様。十四の下(俺の下)オバサン、化粧のにおいプンプン。
便所へ行った。水を飲む。コップろ思われんような紙袋で水をのむ。一時、みんな眠ってはる。万年筆、調子があがってくる。なんか書くことないかいな。となりで、誰かがくしゃみをしている。駅内通過らしく、スピードダウン。またガクッとスピードアップ。長い旅は、もうすぐ終わりなのか。どこか駅へ、とまらないかと思う。
恐らくですが、この方は日々の記録をまめに付けていて、宿舎の記録を繋いでこの修学旅行記としたのではないかと思います。それを万年筆で付けていたというのもしぶいですね。ペンネーム「角のある馬」もユニークです。
そして、どこに行った、何を学んだよりも、友人と楽しく過ごした宿だけの感想文は、素直な気持ちが溢れており、今日の生徒会誌では絶対に見られない新鮮味を感じました。おふざけもある感想文ですが、最後の「長い旅は、もうすぐ終わりなのか。どこか駅へ、とまらないかと思う。」という文章は個人的に心にグッとくるものがありました。私も修学旅行の帰りの飛行機で、もう旅が終わる安心と寂しさを感じたのをよく覚えています。
書いたご本人は今でもこのことを覚えているのでしょうか。昭和52年に高校生だったということは、これを書いた方は、今60代半ばです。青春時代というのは等しくみんなにあったのですね。
(※今回の記事は3年「国語探究A」の総まとめとして、生徒が記事を担当したものです。)